「キャプテン翼」は言わずと知れた世界的大ヒットマンガである。
しかし、名作と言われ評価が高いのは「小学生編」「中学生編」「ジュニアユース編」のいわゆる「無印版」で、「ワールドユース編」以降のシリーズの評価はあまり高くない。
「無印版」に相当する部分はアニメ化され数度リメイクされているも、他のシリーズは一部しかアニメ化されていない。
「ワールドユース編」は決勝のブラジル戦は描かれたが、準決勝のオランダ戦は描かれず、連載打ち切りだったと言われている。
翼や日向らが海外リーグで奮闘する「海外激闘編」は、単行本化はされているが、電子書籍化はされていない。(2023年10月現在)
また、これまで「キャプテン翼」は、少年ジャンプ→ヤングジャンプ→グランドジャンプと掲載誌を変えており、2023年10月現在ではグランドジャンプ増刊のキャプテン翼マガジンでの連載になっている。
作品専門の雑誌が創刊されたのは、根強いファンがいる証左ではあるが、一方で新規ファンの増加が見込みづらいということでもある。
グランドジャンプ連載であれば、他作品目当てで雑誌を購入した読者が、「キャプテン翼」の新たなファンになる可能性があったからだ。
専門雑誌では「キャプテン翼」に関心のない人が手に取る可能性は低い。
本記事では、「キャプテン翼」が「無印版」ではヒットしたが、以降のシリーズではいまいちヒットしていない理由を前後編の記事に分けて考察していこうと思う。
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厳しい練習のスポ根から脱却した「軽やかさ」がヒットの理由
「キャプテン翼」より前のスポーツマンガといえば、「巨人の星」に代表されるように、理不尽ともいえる厳しい練習に主人公たちが歯を食いしばって耐え、その末に強さを手に入れて勝利を掴む、いわゆるスポ根モノが主流だった。
だが、「キャプテン翼」では、このスポ根要素は薄い。
練習シーンは描かれるが、極端に厳しいものではない。
例えば、南葛小サッカー部監督となったロベルト本郷が、ボールと友達になるためという理由で、部員たちに練習時間以外でも極力ボールに触れているよう指導をするシーンがある。
これがひとつ前の世代のスポ根モノであれば、どしゃ降りの雨の中、泣きながらの練習で諦めそうになっている部員を、ロベルト本郷が鉄拳で殴って叱咤する展開があってもおかしくない。
しかし、これが「キャプテン翼」だと、翼や石崎たちは実に楽しそうに練習するのだ。
この描き方だと、サッカーのイメージは楽しそうな印象となり、ネガティブなスパルタのイメージはない。
スポーツは楽しいという「軽やかな」イメージを作り、ひとつ前の世代の苦しいスパルタなスポ根のイメージから脱却したのが、「キャプテン翼」の「無印版」のヒットの要因のひとつだと思う。
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何も背負っていない主人公が間口を広げた
さらに前の世代のスポ根モノと「キャプテン翼」が異なっているのは、主人公が何も重荷を背負わされていないことである。
「あしたのジョー」では、試合直後に命を失った力石徹、廃人となったカーロス・リベラの業を背負って主人公・矢吹丈はリングに立つ。
一方、「キャプテン翼」の主人公・大空翼は誰からも何も背負わされていない。
親の無念を晴らすとか、今は亡き親友や兄弟の思いを託されている、といったモチベーションで翼はサッカーに挑んでいない。
「サッカーはおれの夢だ!!」という、ただただサッカーが好きという純粋な思いだけが、翼のモチベーションなのだ。
翼の両親も、翼の夢を手放しで応援してくれるが、何も強制はしていない。
翼の指導者たちも、特に強制することはない。
「中学生編」に限っては、ケガに苦しんで翼が耐え忍んでいる印象があるが、それでも試合に出続けているのは、翼本人の意志だ。
もし「監督、今日ムリです」と翼が訴えたなら、ケガの程度を知っている監督もチームメイトも強行出場させることはなかっただろう。
主人公がサッカーをしているのは本人の自由意志というところが、前の世代のスポ根モノとは違うところだ。
何の重荷も背負わされず、苦悩することもないという「軽やかさ」も「キャプテン翼」のヒットの要因だと思う。
(その代わり、ライバルの日向小次郎の方に、家庭の事情や、「どうして翼に勝てないのか」といった苦悩を背負わされている)
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苦悩のない「軽やかさ」の功罪
さて、ここまで重苦しいスポ根から脱却した「軽やかさ」が「キャプテン翼」の魅力だと書いてきたが、反面、主人公の苦悩がないのは、物語として「軽い」ということでもある。
古今東西、名作文学と呼ばれている作品の多くは、主人公が何らかの苦悩を抱えているものだ。
主人公が純粋にサッカーに打ち込んでいる姿はある意味では美しく、読んでいてストレスもないが、一方では能天気過ぎてドラマとしてはどうしても「軽い」。
「無印版」を子供の頃に読んでいた読者も、大人になってこのドラマの「軽さ」に物足りなさを感じているのではないだろうか?
まして、掲載誌が青年マンガ誌のヤングジャンプやグランドジャンプでは、この「軽さ」は余計に感じられたのではないかと推測する。
このドラマとしての「軽さ」が弱点だと思ったためか、「ワールドユース編」以降では、重めのエピソードも語られるようになっている。
・養父に虐待ともいえる練習を課されサッカー・サイボーグとなったカルロス・サンターナ
・恋人を事故で亡くし暴力的なプレイヤーとなったステファン・レヴィン
・貧しい生い立ちから、経済的に恵まれた日本人を憎むようになったリカルド・エスパダス
・事故で死んだ兄の遺志を受け継ぐブライアン・クライフォート
・自らの過ちで親友からサッカーと視力を奪ったミカエル
と、上記のような重めの背景を持ったキャラも登場するが、高橋陽一先生のお人柄なのか、あまり深刻には描かれていない。
何人かは翼とサッカーしただけで、何となく救われた形になってしまっている。
このドラマ性の「軽さ」が、「ワールドユース編」以降であまり大きくヒットしていない要因だと考える。
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キャラクター造形の深さが足りない
「岬と三杉と反町の顔の区別がつかない」とキャラの外見の描き分けが上手くないことをしばしば揶揄される「キャプテン翼」だが、実はキャラの内面の性格の描き分けもそんなにである。
もちろん、全くできていないわけではなく、お調子者、荒くれ者などといった大雑把な性格の描き分けはされている。
しかし、個々人のキャラの性格の掘り下げはあまりされていない。
だいたいのキャラが、さわやかサッカー少年(青年)である。
一例を挙げると、「GOLDEN-23」では、フットサルコンビ、古川洸太郎と風見信之介が登場する。
このフットサルコンビは「フットサル代表から転向してきた」以外のキャラクター性を何も付加されていなかったため、二人とも「フットサルテクニックがある」だけしか印象に残らないキャラになってしまっていた。
古川と風見、それぞれの性格、背景、プレイスタイルなどの掘り下げが何もなかったので、正直、内面の描き分けは全くできていなかったと思う。
フットサルコンビのことを記憶している読者の中でも、どっちが古川でどっちが風見か覚えていない人は結構いるのではないだろうか?
(ちなみに黒髪が古川、短髪が風見)
このキャラクターの掘り下げがあまりされておらず、キャラ個々人の「深さ」がないところもドラマの「軽さ」につながっていると思う。
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「軽やかさ」によりヒットし、「軽さ」により伸び悩んだ
ここまで見てきたように、重苦しいスポ根から脱却した「軽やかさ」により「無印版」はヒットしたが、反面、ドラマ性の「軽さ」が「ワールドユース編」以降を伸び悩ませたというように考えてきた。
では、これからどうしたら良いだろうか?
ドラマの「軽さ」が弱点とは考えたが、正直、翼が「おれのサッカーは間違っていたんだろうか……?」と頭を抱えて苦悩している姿は見たくない。
「キャプテン翼」については、ドラマ性よりもピッチ上のプレイでワクワクさせる展開を作ってほしいと個人的には願うだけである。
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